Knockout robber

yano_zeon2006-04-21

私が学生だった頃の話。
私が通っていた大学は、開発途上の多摩ニュータウンに移転したばかりで、都市計画によって公園や緑地が豊富に配置されていたばかりでなく、まだまだ大学の周辺には空き地が多く広がっていた。
私を含め、身近な理系大学院生は、昼前後に登校し、午後は授業や雑用をこなし、夕方以降に自分の研究をはじめ、深夜から朝方に帰宅することが多かった。ある日の23時頃、気分転換を兼ねて、徒歩で丘の上にある理学部棟から麓のコンビニまで買い出しに行った。大学とコンビニの間には広い公園が広がり、その合間に都営住宅が点在していた。
コンビニで赤飯おにぎりとコーヒー牛乳を購入し、公園の中の散歩道を歩いて大学に向かっていると、後ろに人の気配がした。一定距離で後ろから人に付いて来られるのもなんなので、歩く速度を緩めたのだが、追い越そうとしない。
公園の中心部近くで「すいません...」と話しかけられたので歩みを止め、後ろを振り返ると、近付きながら突然殴りかかって来た。何が起きてるかまったく理解していないまま、反射的にその拳をかわした。優男に見られることが多い私ではあるが、一応格闘技の有段者である。
そのまま、男ともみ合っていると、横の茂みからバットを持った男が飛び出てきた。もみ合っているので、新しく出てきた男はバットを振り下ろすタイミングをはかっている。そうこうしているうちにバットを振り下ろして来たのだが、どうにかかわした。その後も二人を相手に無言でもみ合い続ける。声を出さなかったのも反撃しなかったのも、相手を恐れていたからではなく、何が起きているのか分からず、脳みそがフリーズしていたからだ。脊髄だけで行動していたとも言える。
一体どれくらいの時間が経ったのか分からないが、しばらくして、「もしかしてこれは襲われているのではないか」と思い当たったのだが、人に襲われる覚えもないし、相手の顔にも全く覚えがない。助けを求めるべきだと思いついたが、それまでの人生で悲鳴をあげたこともないのでどうあげていいものかも分からない。
とりあえず、50m程離れた都営住宅の方に向かって、緊迫感無い声で「すいませーん、誰か居ますか、襲われてまーす」と声を張り上げた。男達はこちらを押さえ込もうとするが、声は止められない。「すいませーん」とまた叫んでみると、都営住宅のベランダが開いて何人かの住人が騒ぎ出す。「どうしたんですか」と声をかけてくれたので、再度「襲われてます」と間抜けに答えると、暴漢達は逃げ出した。
追いかけたり捕まえたりはしなかった。恐れていたとか、身体が動かなかったと言うわけではなく、まったくもって、そんなことを思いつかなかったのだ。都営住宅の住民達はベランダで話し合い、何人かが連れ立って、私の居た所まで来てくれたのだが、その頃には、男達はとうに逃げた後だった。
来てくれた人達に説明していると、パトカーの音が遠くから聞こえ、しばらくすると警官が到着した。一通り説明した後、警官に「で、被害は?」と聞かれた。身体の何カ所かに鈍痛はあるものの、裂傷も骨折も脱臼もない。盗られたものもない。現場検証をしていた警官が植え込みからコンビニ袋を持ってきたので中を確認すると、赤飯おにぎりとコーヒー牛乳が少し変形していた。結局、被害が無い、とのことで被害届の出しようがなかった。
警官の話によると、当時、多摩地区でノックアウト強盗が流行っていたとのことで、暴漢もやはりノックアウト強盗だったのだろう。研究室に帰って、皆にその話をし、赤飯おにぎりと買い置きのカップラーメンで夜食を摂った。
それから何日かして、同級生が夜道でバットを持った二人連れの男に羽交い締めにされ、財布を奪われた。その後、学内に「ノックアウト強盗に注意」と掲示されるようになった。
被害届を出していない私には、その後犯人が逮捕されたかどうか知るよしもない。

  • 教訓1.健康な成人男性であろうとも暗い夜道には気を付けよう
  • 教訓2.自分を守ってくれるのは自分の身体と頭脳だけである
  • 教訓3.一度身につけた技能はそうそう簡単にはなくならない
  • 教訓4.食べ物は大切にしよう