墨攻(酒見賢一)

春秋戦国時代墨家を描いた中国歴史風小説。
本作を漫画化した『墨攻酒見賢一/森秀樹)』は既読。
大概の映画、漫画はダイジェスト版であるが、本作は原作よりも漫画版の方が多く肉付けられており、また、森の描写力とあいまって、古代中国の籠城戦についてのイメージが湧き上がる。
原作は漫画版のエッセンスと言った感が有り。
墨子について詳述されている文学作品、歴史作品は少ないが、個人的には儒家よりも墨家の方がはるかに好感が持てる。
墨家の兼愛思想、非攻思想は、共産主義的な側面を持ち、また、専守防衛を標榜する現代日本に相通じる。
民間ベースのボランティアとして、小国の防衛に就いていた彼らは、現代ならばさしづめ、NGONPOとして第三世界に赴く技術者集団なのではないだろうか。
主人公は巨子(墨家の頭領)の「平和な国家を作るため秦に与する」との言に「苦しんでいる民衆を救うのが任である」と断る。
すなわち、目的は手段を正当化しない、と言うわけである。
しかし、籠城戦の間、城を救うためには民衆の犠牲を厭わない。
ここで、スケール、観点の差こそあれ、「目的は手段を正当化するか」「全体の利益のために少数の犠牲はやむを得ないか」と言う問題に対しての自己撞着が生じている。
作者はこの自己撞着を知りながら、あえて主人公にそのような行動を取らせているのだろう。
この命題はまさに人類社会が古今東西で相対しているものである。
墨子の思想を更に勉強したくなった。
歴史好きにはお勧めの一冊。

墨攻 (新潮文庫)

墨攻 (新潮文庫)