国境の南、太陽の西(村上春樹)

村上作品の八割方を読み終わり、あまり有名ではない本作を手にした。本作の内容を端的に言うと、三人の女性との関わりを懐古し、悶える37才妻子持ち男性の話である。
登場する女性は

  • 島本さん:初恋だけど結ばれなかった理想の女性
  • イズミ:思春期に恋愛し、ひどく傷つけて別れた女性
  • 有希子:二児をもうけた愛妻

の3名で、この3名は全ての男性における思い出の女性の3つのステレオタイプである。読者は、村上春樹作品の常であるように、自信と劣等感の狭間で悩み、社会協調性が低く、「僕」を一人称とする主人公に自分を投影して、3名の女性に己れの思い出の女性を投影する。無論、私もそう分析する嫌な読者でありながらも、そのように投影しつつ本作を読み進めた。自意識過剰な36才男性たる私は自意識過剰な37才主人公に同調しやすいのだ。
物語は懐古から始まり、「島本さん」との再会を境に動き始める。お互いの関係が破綻しないまま別れた女性は理想化される。そんな女性と再会し、相手も自分に対してそのような想いを抱いていたとすれば、現実の恋人や妻など敵うべくもないだろう。主人公もやはり、妻への罪悪感を抱きながらも島本さんに惹かれていく。
こここから先は各自で本作を読んで頂きたい。
村上作品として特筆すべきこととして、本作は物語がしっかりと完結している。何だ、ちゃんと完結した普通の物語が書けるんじゃん、村上春樹。ほとんどの村上作品では、伏線や謎が解き明かされず、落ちが付かないまま「言いっぱなし」の状態で完結する。私はその完成された未完成さが腑に落ちず、いつも読後に消化不良感を味わっていた。とは言え、その完成された未完成さが村上ワールドなのだから、その世界が好きな人にとって本作が不評なのも理解出来る。
しかし、私にとって、この『国境の南、太陽の西』がもっとも好きな村上春樹小説である。

国境の南、太陽の西

国境の南、太陽の西