ピュタゴラスの旅 (酒見賢一)

SFにも、時代小説にも、ルールがある。
SFでは「科学的であること」、時代小説では「史実と矛盾しないこと」がルールである。
このルールから逸脱しても面白い作品は面白いのだが、SFや時代小説としては認められない。
私としても、科学的誤謬や歴史的誤謬を見つけると、ついついそのあらが気になり、作品にのめり込みにくい。
また、考証のしっかりしていない作品は、己の知識、教養の向上に使いにくい。
酒見賢一の諸作は、歴史小説とは言いにくい。
歴史をただの素材と割り切り、それを再構築して己の作品としている。
言うなれば、一般の歴史小説がプラモデルの「ディティールアップ」であるのに対して、酒見の手法は「フルスクラッチ」のオリジナルモデル制作技法に近い。
この系統の作家では他に田中芳樹などが有名だろう。
そして、私は歴史小説ファンであり、ガンダム原理主義者である。
歴史のディティールアップも、ガンダムの解像度アップも許せるが、オリジナル歴史(?)や、オリジナルMSは楽しみにくい。
本作『ピュタゴラスの旅』は、酒見の初期短編集である。
後宮小説』に代表されるような架空歴史小説こそ見あたらないが、その萌芽を感じさせる奔放な作品群であり、習作でありながら、自分の方向性を探しているように感じられる。
結構めちゃくちゃな話も多いのだが、本人が後書きで「初期短編なのにまとまりすぎている、もっとめちゃくちゃをやりたかった」と書いているのだから、私の想像力の負けなのか。
酒見は、作品は想像の産物なのだから、「想像を超える作品」なんて存在しない、と言っている。
さて、私の想像力は酒見に負けているようである。

ピュタゴラスの旅 (集英社文庫)

ピュタゴラスの旅 (集英社文庫)