出家日記 -ある「おたく」の生涯(蛭児神建)

高校時代の同級生にY田と言う男が居た。「毛の生えた女は不潔だ」と広言して自らロリコンを標榜し、大のアニメ・特撮ファンだった彼は、生粋のおたくだった。もっとも、宮崎勉など猟奇的ペドファイル達が台頭するまで「ロリコン」は、一昔前の「萌え」と同様に、無邪気な存在であり「ちょっと先鋭的なおたく」にとっては、誇らしげなレッテルではあったのだけれども。
70年代までのエロ漫画と言えば、「エロトピア」的な陰影の強い成人向けの劇画ばかりであった。しかし、80年代に至り、吾妻ひでお的な線の可愛らしい少女達が陵辱される「ロリコン」と呼ばれるエロマンガが台頭してきた。勿論、その背景にはヤマトに端を発し、ガンダムカリ城などで盛り上がったアニメブームが横たわっている。当時は幼女ヌードに関する規制はなく、ヘアヌード解禁前夜であったにも関わらず「ヘアが写っていない」との理由で「ヘイ・バディ」や「プチレモン」などのロリコン誌には10才前後の少女達の無毛の写真が掲載されていた。また「レモンピープルΖガンダムエルピー・プルの語源)」などのロリコン漫画誌は成人指定されておらず、普通の漫画誌と同様に購入出来た。今思えば、凄い時代だった。当時田舎の純朴な高校生だった私はそんなロリコン誌を入手出来るべくもなく、Y田のコレクションを垣間見せてもらっただけではあるが。
本書の作者である蛭児神建は80年代のロリコンブームの頃に「ロリコンの神様」と呼ばれ、トレンチコートに挑発、マスク、サングラス、ハンチング帽子という出で立ちの変質者のパブリックイメージは彼が創出したものだと言う。
ロリコン」あるいは「ペドファイル」と言う性癖は、男色と同様、古今東西あらゆる文化の下で合法的あるいは非合法的に存続している。ことの善悪は別として、男性が普遍的に有する原初的な欲求の一つであると言えよう。しかし「ロリコン」も「二次元コンプレックス」も「萌え」も、必ずしもそれら病的な性癖の持ち主達によって営まれているとは思えない。一部には本物のペドファイルも存在するかも知れないが、大多数は恋愛弱者達が更に弱者である少女達に幻想を託していただけではないだろうか。かく言う私もY田が持ってきたロリコン写真を見て興奮していた口であるが、今のようにインターネットを介して無修正画像を自由に得ることが出来たのならば、特にロリコンにこだわりもしなかっただろう。大体において、当時「ロリコンの神様」と呼ばれていた蛭児神建とて現在では成人女性を妻帯しているのである。
蛭児神建は、当時のロリコンブームの内情を語り、内ゲバさながらの業界の裏事情を語り、己の生い立ちと絡めて、ロリコンそのものについて語る。そして、ロリコンブームの終焉と共に業界を離れ、現在では出家して主にペット関係の葬儀と生活保護で糊口をしのいでいると言う。
80年代おたくのダークサイドを知る良書ではあるが、時代を共にしたおたくにしか楽しめない、人を選ぶ本。

出家日記―ある「おたく」の生涯

出家日記―ある「おたく」の生涯