Nickname

15年程前の話。
大学に入学してすぐ、同じ学科の女子が自己紹介で言い出した(実際にはべたべたの博多弁で)。
「私のことはアリスって呼んでね」
「自分の名前は好きじゃないの」
「日本人は嫌いで白人になりたいから、髪も金髪にしているの」
「高校時代はオーストラリアに留学していたの」
もう、馬鹿か、と。
日本人が嫌いも何も、お前は背が低くて、ぽっちゃりで、顔の彫りも浅く、親御さんが付けてくれた立派な日本名を持った日本人。そこを否定してもどうしようもないだろ。
皆にあざ笑われながらも、彼女は頑なだった。「アリス」と呼ばないと機嫌が悪く、返事もしてくれない。そんな女とは付き合わなければいいのだが、定員35人の学科であり、必須科目、語学などで毎日顔を付き合わせるのだから無視するわけにも行かない。また、彼女は入学してすぐに同じ学科の男子学生にアタックし、ものにした。そして、あろうことか、そいつのことを「ジョニー」と呼び出し、彼にも我々にもそれを強制する。我々良識有る同級生は嘲笑気味に「アリス」とか、「ジョニー」とか呼び出した。しかし、人間不思議なもので、馬鹿にしながらであろうとも、一旦口にし出すと、それに馴染んでしまう。そして、いつしか仲間内では普通に「アリス」「ジョニー」と呼ぶようになってしまった。
しかして、学内の公共スペースで「おーい、ジョニー」と呼んでみたり、教官と雑談する時につい「アリスが...」などと言ってしまったりして、仲間内以外の人の怪訝な顔を見るに付け、その呼び名の異常さを認識するのである。気が付けば、彼らを嘲笑していた我々もいつの間にか彼らの一味として、他人から嘲笑される存在になっていたのだ。
このことから、他人を突拍子もないニックネーム、ハンドル、あだ名で呼ばないようにしよう、と心に決めたのである。
ちなみに、自分の名前が気に入らないと言う彼女は、その後文書を偽造したり(我々も手伝わされた)なんだりして法的にも自分の名前を改名してしまった。友子も杏子も変わらない気がするのだが。
与えられた環境に満足せず、自分の意志と行動で自分の人生を切り開こうと言う彼女の姿勢には意気に感じるところもある。しかし、全面的に共感出来るかと言うと、そうでもないよなあ。