My Favorite Things

SONY、HONDA、auが好きだ。最近は仕事の都合上Winを使っているが、Mac OSも好きだ。
シェア2〜3番手で技術やデザインに優れたブランドイメージが好きなのだろう。シェアNo.1で堅実なブランドも偉いが、商品には最大公約数的な感じがいなめないし、ユーザーの大半は、「・・ならばみんな使っているし、失敗しないだろう」との考えで買っている気がする。そこでは、長所、短所の比較をし、長所を生かしつつ短所を出さないようにするとか言った工夫が無く、思考停止している気がするのだ。多分に私の父親がそんなナショナル、トヨタ、ドコモ好きであり、ハリウッド大作映画好きであるから、反骨心も加わってそんなひねくれた感情を持つに至ったのかも知れない。
しかし、「技術やデザインに優れている」商品が好きだったから上記ブランドを好んでいたはずであるのに、最近では、どうにもSONYがその地位から外れてきた感じがする。昔は「高かろう、壊れやすかろう、格好良かろう、新技術を投入しているだろう」とのブランドであったのだが、最近では新技術の投入も少なく、あまつさえ廉価PCをネット通販で販売しだしている。私が欲しいのは、2〜3年前のスペックの社外品パーツを組み合わせてお手軽に作った廉価商品ではない。私が持っている初代VAIO(PCG-505)のような技術的なイノベーションとデザインが高次元で両立された商品を待っているのである。そのような商品であれば、高くとも、壊れ安くとも、規格がコロコロ変わろうとも、使い勝手が悪かろうとも購入したいのである。それらリスクを背負ってこそのSONYファンであったはずだ。
そろそろSONYを見捨てるべきであろう。「SONYファン」だからと言って盲従しているようでは、思考停止に他ならないのだから。