Vigil

「紳士は時間を守るものだ」と言う。
時間を守ればそれだけで紳士と言うものでもないが、時間を守ることが紳士の必要条件であろうから、「紳士⊂時間を守るもの」であらわされる。
さて、私は時間を守ることを己に課している。人と待ち合わせする際には、大概、時間前に着いている。この行動の根底にあるのは、紳士たれ、と言う克己心ではなく、「人に待たされるのは嫌だ」との感情である。また、同時に、自分が待たされるのが嫌であるのだから、他人も同様に嫌であろうと推量し、他人に不快感を与えないようにもしている。
他人に待たされるのが嫌な場合、その再発防止処置はいくつかある。

  1. 他人と待ち合わせをしない
  2. 他人に待たされるくらいなら、自分が待たせるため、わざと遅れて行く
  3. 遅刻常習犯を教育し、遅刻させないようにする
  4. 遅刻常習犯との付き合いを絶つ

寂しがり屋さんであるため、1.は却下。2.は人として間違っていると思うため不採用。4.も、情が絡むため、採用が困難。いきおい、3.しか残らない。常に自分が時間を守ることで、他人にプレッシャーをかけているつもりなのだが、遅刻常習犯はそんなこと、歯牙にもかけない。
遅刻常習犯は二種類に大別出来る。本当にルーズで、ぽかミスが多いタイプと、確信犯である。そして、この二者は、デジタルに割り切れるものではなく、アナログに融合していることが多い。
ルーズなタイプは自己管理能力が低い。多発する自分の遅刻に対し、再発防止処置が施せない。
確信犯タイプは、自分の時間とペースを大切にする。そして、自分の都合や時間を優先するため、他人の時間を無駄に使わせることに痛痒を感じない。彼にとって、大切なのは時間全てなのではなく、”自分の”時間である。"My time is Money"なのだ。
どちらのタイプにせよ、遅刻常習犯は信用ならない。時間を守れない者に、他の約束が守れるだろうか。他人の信頼を得ることは困難だろう。
突発的な事態が生じて遅刻することもある。
しかし、突発的な事態は、全ての人にある程度の頻度で生じているのだろうから、特定の人物に偏分布する可能性は小さい。
また、大多数の人間が携帯電話を所有する昨今、遅刻の連絡も出来ない事態はそうそう生じない。そして、遅刻常習犯は、ルーズだったり、確信犯だったりするから、遅刻の連絡さえもしてこない。
さて、これから先も、連絡すらしてこない遅刻常習犯と付き合っていく価値があるのだろうか。
通夜のため、浜松に帰り、通夜出席者同士で待ち合わせていて、こんなことを考えていたのだよ。