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先日、「萌え」について、知人に尋ねられた。自分では分かっているつもりであっても、他人に説明しづらい。そこで、「萌え」について考えてみる。

  • 「萌え」の定義

まず、「萌え」の定義であるが、森永卓郎氏による「自己規制によって仮想世界で欲求を満足させること*1」が秀逸である。すなわち、オタクさん達は「萌え〜」と叫んでいる限りは人畜無害なオナニスト達なのだ。欲望を妄想させることは誰にでもあるだろう。しかし、一般の人々はそれを実現しようとし、オタクさん達は妄想だけで満足する。それは、オタクさんの妄想がpedophile:小児愛やファンタジー的なものなど、実現不能あるいは困難なものだからであろう。ちなみに「オタクは恋愛弱者」との見方は一面の真実ではあるが、絶対であるとは言い難い。普通に妻帯していたり、彼女が居たりしていても「萌え」に走る者も多いのである。

  • 「萌え」の傾向

「萌え」は、相互通行しているコミュニケーションではない。一方通行で取り込んだ情報を脳内増幅、脳内補完するため、少ない情報から自分にとって都合の良い妄想にトリップすることが出来る。そのため、個々によって「萌え」のツボ、ポイントは異なるものの、最大公約数として、男に取って都合の良い、現実社会には存在しない清楚で従順な「萌えキャラ」が出来上がる。

漫画・アニメにおける記号の発達と萌え文化の隆盛を切り離して考えることは出来ない。記号の前提に「漫符」の発達がある。漫符とは、漫画における「冷や汗」や「青筋」などの符号である。初期の漫画では見られなかったこれらの記号が発達し、多用することにより、日本の漫画は簡易に感情表現や状況説明を行えるようになった。しかし、漫符は読み取る側にも共通理解するだけのバックボーンを要求する。高度な漫画読みであるオタクさん達はこれら記号を瞬時に読み取り、脳内でイメージを作り出すことが出来る。この漫符のような記号は、相互理解の上に成り立ち、それらが共通の知識基盤の上にある内は、有る意味コンピューターの高速言語のように、少ない時間、行数、紙数、コマ数で密度の高い情報を展開出来るようになる。2ちゃんねるで多用されている顔文字、AAも漫符同様の記号であり、同様の効果を生じさせている。ここでは、これら漫画・アニメの読解力についてリテラシー (literacy)と呼ぶ。漫画読みでない人達はこのリテラシーが不足しているため、今時の漫画を読んでも意味が分からないと言うか、全ての情報を受信出来ない。

  • キャラクター内面と外見の造形

表現手段の確立と共に、漫画・アニメ業界ではキャラクターの造形に対しても記号論的な手法を用いるようになってきた。特徴的な造形によってそのキャラクターの内面も表現させるようになってきたのである。これにより、状況説明・文字情報無しでも、キャラクターから性格をある程度読み取れるようになった。
例えば、『げんしけん木尾士目)』における女性キャラ3名の造形と性格付けを見てみる。

  1. 咲ちゃん:茶髪、吊り目、美人=ファッションにも気を使う一般人で、気が強い
  2. 大野さん:黒髪、ストレート、巨乳、垂れ目、たまに眼鏡=ファッションには保守的で運動は苦手、性格は優しく、真面目
  3. 荻上:黒髪、ミー頭、チビ、貧乳、吊り目=流行に乗れない個性派、容姿にコンプレックス、強情

このような相関が見て取れる。無論キャラの外見と内面を相関付ける試みは以前よりあった。例えば、『キャンディ・キャンディ』や『赤毛のアン』における主人公の赤毛やソバカスは少女の非成熟さと容姿的コンプレックスの内在を示唆しているし、『ドラえもん』の主要キャラクターにおいても、外見的特徴と内面的特徴の相関が読み取れる。しかし、最近では、オタクさん達の情報受信能力向上と発信側の情報付与が相乗効果を為して、より細かな、内面と外見との相関付けが行われるようになってきたのである。

  • キャラクター造形の記号と属性

「角+虎革衣装→鬼」とのパブリックイメージを流用しているとは言え、「ラムちゃん」はあくまでも「ラムちゃん」であり、類似したキャラは「ラムちゃん」の亜種またはパロディーでしかなかった。しかし、近年に至り、特徴的なキャラクター外見が、一般性を有して汎用されるようになってきた。例えば、以下のような記号を組み合わせることで、簡便にキャラクターの性格を特徴づけている。

  1. 眼鏡=知性
  2. オデコ=知性・強情
  3. 猫耳/尻尾=異世界オーバーテクノロジー・ファンタジー・動物的性格
  4. チビ=非成熟
  5. メイド服=従順・隷属
  6. 巫女服=処女性・清楚

これら視覚情報にキャラクター設定(例えば妹とか、幼馴染みとか、委員長とか)を加えることにより、キャラクター描写に手間をかけずにキャラクター造形が可能になったのである。これはある意味、手塚治虫石森章太郎(あえて石ノ森ではない)の提唱した「スターシステム」の発展進化版だと言える。例えば手塚漫画では、ロックは様々な作品に出てくるがどれも同様の容姿、性格である。手塚は、キャラクター描写を省略してもロックを登場させるだけで「ニヒルな悪役」を描くことが可能になった。これが「スターシステム」である。キャラクター記号システムも同様に記号や属性を組み合わせることにより、冗長なストーリーを描くことなくキャラクターのイメージ付けを簡易に行うことが出来るのだ。近年、長編化の傾向が進む漫画界において、限られた紙数でキャラクター造形を平易にせずにストーリーを進行させるためには効果的な手法だと言えよう。ただし、これら記号的情報は共通理解の上にのみ成り立つため、リテラシーを有さない読者は情報を受信出来ない。

  • 「萌え」の展開と一般社会との乖離

「萌え」はこれらキャラクターに対する思い入れを促進するため、上述したような記号、属性を多用するに至った。「妹萌え」「メイド萌え」「猫耳萌え」などは、これら記号の意味するイメージに対する「萌え」であり、その記号のみに萌えているわけではないのである。
しかし、ここで一般人との乖離も生じてきた。リテラシーを有さない人にとって「メイド」は単に「メイド」であって、そこから「従順」や「隷属」の意味を見いだせないし、「階級社会への反抗」とか「制服に隠され秘められた情念」、「陵辱」などの物語も妄想出来ないのである。
妄想が出来ない=イメージが共有出来ないから「萌えって何だ?」「メイド喫茶って何がおもろいの?」「コスプレきもい」との反応が出てくるのである。

  • 「萌え」の将来

「特殊性の追求は一般性の獲得へと繋がる」と言うが、世間のリテラシーが向上すれば、記号的情報の共通理解がかなえられ、「萌え」は市民権を得られる。それは一朝一夕にかなえられるものではないが、キャラクターに慣れ親しんだ世代が成長するにつれ、人口比の「萌え理解」あるいは「オタク予備軍」人口は増加し、リテラシーも上昇していくことだろう。
「萌え」が分からない貴方。それは貴方が勉強不足で、リテラシーを有さないからなのです。